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国連WFP協会 |
ホーム>イベント&トピックス>作文コンクール 入賞作品2005年 イベント&トピックス第2回 WFP生徒作文コンクール 入賞作品佳作忘れない心 もうすぐ夏休みになるある暑い日、僕は学校から帰ると、迷わず台所へ向かった。 急いで戸棚を開ける。いつも、あふれるほど入っているお菓子やパンが、あられくらいしかない。 今日は、朝からとても暑くて、昼の給食は食欲がなく、ほとんど食べていない。この暑さでは、コンビニに走るのもおっくうだ。 しかたなく、インターネットでもして、夕飯まで待つかと始めた。気がまぎれるかと思ったのに、お腹が空いてやる気もしない。 その時飢餓という言葉が頭にうかんだ。たしか飢餓というのは、食べるものがなくてお腹が空くことだとは知っていたけれど、そんな気分だった。僕は飢餓という言葉で検索してみた。進んでいくうちに、「見えない津波」というフレーズが見に飛びこんだ。 見える津波、それは、スマトラ沖地震や、インド洋の津波で、被災した人達に寄せられたみんなの目が、多くの支援につながることになるということ。 そして反対に見えない津波は、干ばつや、貧困のせいで、食糧がなく、長い間苦しんでいる人達が、みんなに知られることもなく死んでいかなければならないこと。 どうして、そんなことがおこるのか。僕は何か悲しいような気持ちにとらわれながら、あることに気がついた。 忘れているという事実。 スマトラ沖地震や、インド洋の津波のときは、連日のように、ニュースで被災の様子や救援の様子が流れていた。僕は、たいへんなことになったなと思いながらも、支援が届けられるのを見て、胸をなでおろしていた。 なぜ支援が届くのか、考えもしないで。 支援は、ふってわいてくるものじゃない、みんなが、災害を忘れないで、助けたいと思う心がひとつとなって募金などの形にあらわれる。 連日の報道。それは、たくさんの人が思い出し、忘れないということ。 忘れるということは、こわいことだと思うのと同時に、今日の自分がとてもいけないことをしたことに気づいた。食べものを残したことや、お腹が空いてもあられしかないと思ったことである。いつでも、食べものが手に入るという気持ちからきたと思う。 僕も、飢餓に苦しむ人がいることは、知っているはずだった。だから食べものを粗末になんかできないことも。でも、いつのまにか忘れていた。 僕も、みんなも、思い出し忘れないことで見えない津波は、なくなると思う。 見えない津波がなくなるまで、支援も忘れないでいたい。 |